遠近両用コンタクトレンズとトーリックコンタクトレンズの
処方について、稲葉眼科の稲葉昌丸先生に伺いました。

大阪府大阪市・稲葉眼科

ー 日本では、ソフトコンタクトレンズの中でトーリックコンタクトレンズの処方割合は11%(世界の平均は25%)、遠近両用(モノビジョン含む)は3%(世界平均11%)とのことです*。稲葉眼科ではどのくらい処方されていますか?

稲葉Dr:  ソフトコンタクトレンズ処方中、トーリックが23%、遠近両用が8%です。トーリックの71%がシリコーンハイドロゲルレンズ、20%は1日使い捨てですが、1日使い捨てトーリックコンタクトレンズにはシリコーンハイドロゲルレンズがないため、従来素材となっています。残り9%ほどが従来素材の2週間交換ソフトコンタクトレンズ。遠近両用ソフトコンタクトレンズはほとんど全部シリコーンハイドロゲルレンズです。

日本で処方割合が低い一番の理由は必要性を説明するのに時間がかかるからでしょう。トーリックコンタクトレンズや遠近両用コンタクトレンズは球面ソフトコンタクトレンズより高価なのが普通ですから、使用者にその価格分の値打ちを説明する必要がある。しかし、いくら時間をかけても、コンタクトレンズ検査料は同じですから、時間を割く気がなくなってしまうのだと思います。さらに視力自体が出ており、患者さんからも積極的な不満がなければ、そのまま流してしまうのが楽、ということでしょう。

− 稲葉眼科では遠近両用やトーリックの処方が多いですが、どのように心がけているのですか?

稲葉Dr: 私は、仕事をするからには眼科医として恥ずかしくない仕事をしたい、と考えています。たとえが極端かもしれませんが、自覚症状がないからと言って緑内障を放置してはいけないのと同じように、眼精疲労やストレスにつながる乱視を放置するのも、患者さんの視生活を守れていないことであり、眼科医として問題だと思うのです。時間がかかるからトーリックコンタクトレンズを処方しないというのは、時間がかかるから視神経乳頭をチェックしないのと同じようなことだと思うのです。

また、しばらく処方していると患者さんから「とても楽になった」「便利になった」と反応が返ってきます。そのような話を聞くとまた処方する気になりますし、「なぜ前のクリニックではそうしてくれなかったんだろう」と言われると、ますます手が抜けない、ベストの処方をしなければいけないと感じます。

− 稲葉眼科ではトーリックコンタクトレンズを処方する眼や人の基準はありますか?

稲葉Dr:球面レンズ上の残余乱視です。視力が出ているかどうかは二の次です。残余乱視があるためにがんばって見て、無理に視力を出しているからこそ眼精疲労が生じるのです。眼精疲労と自覚すればまだよいですが、肩こり、眠気、作業時に根気が続かない、本を読んでも集中できないといった不定愁訴の原因にもなります。視力が出ていれば眼科的に問題ないというのは誤りなのです。1.5D以上の残余乱視については原則全員、1.0D以上、時には0.75Dでもオフィスワーカーやパソコンを多用する人の場合にはトーリックコンタクトレンズ処方を考慮します。

− トーリックコンタクトレンズの必要性を感じてもらうのにどのようなことをされていますか?

稲葉Dr: それまでの球面ソフトコンタクトレンズを装用している状態で手元の字を見てもらい、上から検眼用乱視レンズを加入して違いを体験してもらっています。視力で差がなくても、乱視矯正によって見え方が変わることはよく実感されます。この時、近見ですから+の乱視レンズを使うのがポイントです。−1.5D Ax180°の残余乱視があるなら、+1.5D Ax90°の乱視レンズを、軸マークを90°にして目の上にかぶせて見え方を比べてもらうのです。薄い色の細字を使うと、なお差がわかりやすいと思います。検眼用乱視レンズ加入試験をして、差を自覚してくれれば処方にかかります。ただし、時には乱視の前焦線と後焦線を上手に利用して調節を節約しているような人がいます。このような人は乱視レンズ加入試験に反応しませんから、その場合には乱視の程度などに注意しながら、トーリックコンタクトレンズの適応かどうかを考え直します。

− 最近のトーリックコンタクトレンズ、遠近両用コンタクトレンズは過去のものよりも処方しやすくなっているのですか?

稲葉Dr:はっきり良くなっています。トーリックソフトコンタクトレンズは特にそうですね。ほとんどの場合、短時間で軸が安定してくれて、たいてい予想どおりの矯正結果が得られます。軸が傾いている場合、軸補正をする考え方もありますが、さっさとデザインを変えて別のトーリックコンタクトレンズでトライする方が早いという先生もおられます。それも一つの方法だと思います。15°程度までの傾きであれば、私は軸補正なしでしばらく経過を診ています。

遠近両用ソフトコンタクトレンズも昔のものと違ってかなり見やすくなっています。定型業務であれば事務作業にも使えるレベルですし、新しいデザインの方が性能も良いという印象があります。

− 遠近両用コンタクトレンズ処方を成功させる度数合わせのポイントを教えてください。

稲葉Dr: 近くが見えにくいから、という訴えも多いのですが、実際には良好な遠見視力が得られないと満足できない患者さんがほとんどです。逆に近く(30cm近見視力)は両眼開放視力で0.6程度見えれば生活上は不自由ないことが多いようです。もちろん本人の視生活、環境、用途、要求にもよりますが、遠見優先を原則とするのがポイントだと思います。近見視力に不満があれば非利き目を0.5D程度+側に振ってモノビジョン(modified monovision)にしてあげると、けっこううまくいきます。50代、特に50代後半からは加入度もLOWではなく、MEDIUMやHIGHを積極的に使っています。手芸や模型工作、辞書を見る、寝転がって近くで文庫本を読むなど、シビアな近見作業がある時には遠近両用コンタクトレンズ上から弱い老眼鏡をかけてもらいます。またレンズの中央が近用部になっていることが多いですから、手元照明(電気スタンド)を併用して縮瞳による近見補助をしてあげるとうまくいくことも多いです。

− 遠近両用コンタクトレンズは、自ら希望されて来院された方に処方することが多いですか。それとも先生のほうからご提案されることが多いですか?

稲葉Dr:実は遠近両用コンタクトレンズ処方を希望される方の半数は口コミによる紹介で、自ら希望してこられる患者さんです。遠近両用コンタクトレンズはトーリックコンタクトレンズよりも処方と度数調整に手間がかかりますが、その分、患者さんとのつながりも深くなり、信頼が得られるので、口コミによる紹介も多くなるのです。40歳後半になって近くが見えづらくなり、度数をゆるめたら今度は遠くが見えにくくなって不快、といった主訴があれば積極的にトライアルをする。何例か処方しているうちに、今度は向こうから希望する患者さんもこられるようになると思います。患者さんの抵抗を考えて老眼という言葉を使わないようにする、という先生もおられるようですが、私ははっきり老眼と言います。老眼であり、これからも進行するから、これまでのコンタクトレンズ処方の延長ではなく、何らかの助けが要るのだということを理解してもらうためです。結局その方がお互いストレスなく付き合えるように思います。

− トーリックコンタクトレンズや遠近両用コンタクトレンズの種類はどの程度揃えておくとよいでしょうか。

稲葉Dr:トーリックコンタクトレンズではプリズムバラストデザインとダブルスラブオフの2種類を持つことが望ましいと思います。軸の安定が悪い時に、異なるデザインに変えるためです。シリコーンハイドロゲルレンズが第一選択ですが、シリコーンハイドロゲルレンズは硬いため、どうしても従来素材でないとうまくいかない人もいます。そのために従来素材のトーリックコンタクトレンズも持つと3種類ということになりますね。選択肢の中には+の球面度数があるレンズも入れておきたいところです。

遠近両用は最初は1種類でもよいと思います。特に女性では老眼年齢はドライアイが出やすい年齢でもありますから、シリコーンハイドロゲルレンズの遠近両用がよいでしょう。加入度は強弱2種類持っておきたいところですが、最初のうちは低加入度のレンズに絞って処方に慣れるのもよいかもしれません。

− 最近は遠近両用コンタクトレンズにもワンデータイプのものが出てきています。処方しやすい環境が整ってきていると考えてもよろしいでしょうか。

稲葉Dr:ふだんは眼鏡でもよいが、外出時にはコンタクトレンズにしたい、しかし手元が見えないと困る、という方は少なくありません。この方たちに処方したいのがワンデータイプの遠近両用コンタクトレンズということになります。まだ選択肢が少ないですが、今後種類が増えるにつれて、ワンデーでも40~50歳代を過ぎれば遠近両用コンタクトレンズの処方が当たり前になるかもしれません。もちろん毎日使う場合でもワンデーの方が手間、安全性ともに優れています。問題は費用と、現在の2週間交換遠近両用コンタクトレンズに匹敵する性能が得られるかどうかですね。今後いろいろなメーカーから優れたワンデータイプの遠近両用コンタクトレンズが発売されることを期待しています。

− ありがとうございました。

稲葉昌丸 Masamaru Inaba

1978年 奈良県立医科大学卒業
1978年 大阪大学眼科学教室入局
1980年 大阪厚生年金病院眼科勤務
1982年 湖崎眼科勤務
1988年 稲葉眼科開業
2000年 日本コンタクトレンズ学会理事
専門分野 コンタクトレンズ、角膜疾患

CLINIC DATA

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大阪府大阪市北区梅田1-3-1 大阪駅前第1ビル1階
診療時間
10:00~13:30/15:30~18:30(土曜日は10:00 ~ 12:30)
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土曜日午後、日曜日、祝日
   
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