心に届く、言葉遣いのポイント 〈後編〉
シーン別、気をつけたい会話の進め方

前回は敬語とはなにか、1.と2.の敬語と謙譲語の使い分けや意味を中心にご紹介しました。

<正しい言葉遣いの3つのポイント>

  1. 敬語・謙譲語をきちんと使い分ける
  2. 言葉の意味を理解して誤用を防ぐ
  3. 使う場面に合わせて、よりふさわしい表現を選ぶ

今回は3.を取り上げ、実際に患者さんと会話をする中で、誤解されそうな例や電話での会話の注意点、クレーム対応、服薬指導におけるわかりやすい話し方などについてご紹介したいと思います。

相手の気持ちを慮った呼称を使う。
年齢については特に注意を

20代、30代の若い受付や看護師さん、視能訓練士の方などの場合、年上の患者さんに応対する場面も多いことでしょう。患者さんと会話するときには、相手の年齢や状況などに合わせたふさわしい表現や言葉遣いを用いるよう注意したいものです。ただし年齢のことは人によって受け取り方がさまざまなので、あまりにダイレクトな表現は禁物です。たとえば老眼の方に年齢の話をするときも、なるべく柔らかく婉曲に表現する方がよいと感じます。たとえ悪気はなくても「お年だから仕方ないですね」という表現も、相手がどのように受け取るかはわかりません。不用意な一言を漏らさないよう気をつけましょう。

また、相手の呼び方や敬称も人それぞれです。中には「おばあちゃん」と呼ばれてうれしい人もいるかもしれませんし、「田中様」というように常に「様」づけだと、よそよそしいと感じる人もあるかもしれません。相手の方との関係性や相手の好み、使う場面などを考えてその場にふさわしい表現を用いること。そして、たとえ親しみを込めても、肝心な部分では敬語を用いるなどの敬意は忘れてはいけないものです。

クレーム処理は話の組み立て方にも気をつける

受付や看護業務では、クレームを処理することも多いと思います。クレーム処理の場合、言葉遣いのほかに、話の組み立て方にも注意すべきです。まず基本は相手の話をさえぎらないこと。たとえ相手の思い違いだったとしても、その人の話をきちんと聞く姿勢が重要です。「予約業務は間違いがありませんので、そんなはずはないのですが」と言ってしまっては身も蓋もなく、相手の怒りが助長されるだけです。この場合、「きちんと調べましてお電話いたします。それまで申し訳ございませんが、お待ちいただけませんでしょうか」などとすべきでしょう。まずは、ご足労をおかけしたり、問い合わせの電話をいただいたことなど、相手の行動に謝意を表し、不便をおかけしたことを詫びることが大切です。

その上で、言い訳にならない程度に状況を丁寧に説明しましょう。相手の思い違いで予約日が間違っていても、「たしか私の存じ上げているところでは、5日にお電話を頂戴いたしまして、このように伺った覚えがございますが…。こちらの手違いかもしれません。誠に申し訳ございません」などのように、きちんと言うべきことを言いつつ、相手を立てるようにすれば、「もしかしたら自分の方が間違っていたかもしれない」と感じるものです。相手の間違いを非難することが目的ではないので、気付いてもらえるように促したり、怒りをやわらげるように誠意をもって正確、丁寧に対応しましょう。そうすれば後々しこりも残らないものです。

複雑な説明は、聞く相手の身になってなるべく簡潔に

医療機関では、薬について説明する機会が多いと思います。最近は用法・用量の異なる薬を併用することが多いので、複数の薬の服用の仕方を説明するときは、「薬は全部で3種類でございます。点眼薬は朝晩2回点眼です。黄色い錠剤は1日1回朝食後に1錠。こちらの白い錠剤は1日3回食後にお飲みください」と一文を短く切って、分けて話すとわかりやすくなるでしょう。また、医療関係の用語や略語は特にむずかしい言葉がたくさんあります。説明を受ける相手の身になった「わかりやすさ」というのも、心くばりの大切な要素です。

たとえ見えない場面でも心くばりを忘れずに

相手の敬称のところで、相手との関係や何度もやり取りをしている場合などは、〝常に「様」づけではなく、「田中さん」でもいいこともある。しかし、敬意は忘れずに”という話をいたしましたが、これは見えない場面でも同じです。よくある失敗は次のような場面です。つい今し方まで「田中様、少々お待ちくださいませ」と言っていた窓口の人が、医師と話をしている声が聞こえてきました。「今、田中さんとかいう人が来てて、次回の予約を変えてほしいと言ってるんですが、変えてもいいですかね。今待合室で待ってるんで」と、このような例です。少々極端かもしれませんが、相手がいる場面といない場面とで言葉遣いが変わるというあきれてしまう例です。マナーや言葉遣いは形だけのものではありません。たとえ見えない場面でも、相手の立場になって言い換えることができるのが、真の心くばりです。

敬語とは相手を敬う言葉。つまり、コミュニケーションを取っている相手への敬意や心くばりを表すものです。相手を不快にさせない、相手の身になることから出発して、場面ごとにふさわしい言葉を選んで使う―――それこそが美しく、正しい言葉遣いであり、人の心に届くものになるのだと思います。

言葉は使う人自身を映す鏡です。今回<前編><後編>でお伝えしたことも、あくまで手引としてとらえていただき、みなさんが日々言葉を紡ぐ中からより良い表現を身につけ使いこなしていくことが大切です。それが生きた敬語となり、行き届いた心くばりとなるのです。

QUIZ:次の言葉をよりふさわしい言葉に言い換えてください

  1. うちでは、わかりません
  2. すみませんが、お答えできません
  3. うちの店では、責任負えません

答え

  1. 私どもでは、わかりかねます
  2. 大変申し訳ございませんが、お答えいたしかねます
  3. 私ども(当店)では、責任を負いかねます。

「わかりません」「できません」は間違いではありませんが、きつい印象を与えることもあります。それを少し言い換えるだけで全体が柔らかい印象になります。

井上明美  Akemi Inoue

ビジネスマナー・敬語講師
高名な国語学者、故金田一春彦氏の元秘書。言葉の使い方や敬語の講師として、企業・学校などの教育研修の場で講義や指導を行う。長年の秘書経験に基づく、心くばりに重きをおいた実践的な指導内容には定評があり、話し方のほか、手紙の書き方に関する講演や執筆も多い。著書に「敬語使いこなしパーフェクトマニュアル」「 最新 手紙・メールのマナーQ&A事典」(ともに小学館)、「知らずにまちがえている敬語」(祥伝社新書)など多数。装道礼法きもの学院「美しい日本語」講師ほか。Webサイト「Web日本語」(小学館)では「日本語マナーの歳時記」を連載中。

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