医療機関のクレーム対策 〈前編〉
クレームを契機に患者満足度向上を図る
これはある眼科クリニックでの一光景。一人の熟年男性が待合のソファに座って、落ち着かない様子で貧乏揺すりをしながら、舌打ちしたり、壁の時計を何度も見やったりしています。その存在を無視するかのように、受付スタッフは手元にばかり目を落としています。ようやく名前を呼ばれたその人は、憤然とした面持ちで診察室に入っていきましたが、しばらくすると中から激しい怒声が……。
まさしくトラブルが発生した瞬間です。
クレームやトラブル処理は、医療機関が避けて通ることのできない日常的な課題。前・後編の2回に分けて、医療機関におけるクレームへの正しい対応法をご紹介します。
STEP-0
クレームを未然に防ぐ
つねに「心配り」「目配り」「気配り」を忘れない
トラブル、クレームへの対応には、表1のように0から3までの4つの段階があります。
STEP-0で示したとおり、まずはクレームを発生させないこと。それこそが医療機関への信頼性と患者満足度向上につながります。じつは医療機関のクレームでもっとも多いのは、先述のエピソードのように、待ち時間の長さや受付スタッフの接遇に関するもの。こうしたクレームを未然に防ぐための特効薬は、スタッフの「心配り」「目配り」「気配り」です。
患者さんは疾患による痛みやQOVの低下に悩み、不安を抱えて眼科クリニックや病院を訪れます。心身が不安定な状況では、少しの待ち時間であっても健康な人と比べて長く苦しいものに感じるのは当然のこと。それだけに、待合の患者さん一人ひとりに心を配り、その表情や動作に目を配り、もしも不穏な兆候を見て取ったら、「お待たせしていますね、順番をみてきましょうか」と、丁寧に声がけすることが求められます。患者さんの多くは、「イライラしている」という心の内を理解してもらいたくて、貧乏揺すりや舌打ち、時計を頻繁に見るなどの様子をあえて見せているのです。にも関わらず気づいてもらえず、無視されていると思い込んでしまえば、いらいらは怒りに変わり、やがて爆発してしまいます。逆に、小さな兆候でも見逃さず、すぐさま声がけなど気配りの行動をすることで、「このクリニックは、患者のことを見守っている」と、安心感さえ覚えてもらえることになるのです。
同じことは、スタッフだけでなく、医師にもあてはまります。冒頭のケースでは、すでに待合で沸騰しつつあった怒りが、診察室での対応により臨界点を超えたのでしょう。カルテやコンピュータのモニターからはいったん目を離して、患者さんと向き合いながら、「大変お待たせしましたね」と語りかける。その一言が、トラブル回避につながるのです。
診察室にいる医師には、待合の状態が把握しにくいので、患者さんの様子がおかしかったら、事前にスタッフから伝えてもらいます。医師とスタッフ、あるいはスタッフ間の意思疎通を日頃からきちんとしておき、互いにフォローし合うとよいでしょう。
また、患者さん用の雑誌類が乱雑に置かれていたり、トイレが汚かったり、雨の日に床が濡れていて滑りやすくなっているなど、院内の不備もクレームの原因となります。これもつねに患者さん目線で全員がチェックするようにしていれば、自ずと整理・整頓・清掃も行き届くはず。やはり、心配り、目配り、気配りは、何よりの対策といえるのです。
STEP-1
クレームは初期対応が肝心
基本は「傾聴」「謝罪」「共感」の3点セット
どんなに心を尽くしてもクレームが生じることはあります。その初期対応では、表2のように、「傾聴」「謝罪」「共感」の3点セットが基本。まずは真摯な態度で相手の言い分をよく聞き、さらに素直にお詫びして相手の高ぶった気持ちを和らげる。そして、相手の気持ちを理解しているという共感の意思を伝えるという3つの手順を踏むのです。
ところが、講演などでこの方策を紹介すると、「医療機関には適していない」という声が多く聞かれます。傾聴や共感したくとも、診療に追われて時間が取れないというのが理由のひとつです。
ぜひご理解いただきたいのは、クレームやトラブルが生じた時には、最優先で初期対応すべき、ということ。これを怠ったがゆえに、ハードクレームへと発展した例は枚挙に暇がありませんし、中にはスタッフが度重なるクレームで心を病んだり、院長がクリニックの廃業を考えるところまで追い込まれるケースさえあるのです。どんなに忙しくとも、5分程度の時間を取ることは可能なはず。たとえ短い時間であっても、相手の話を聞き、共感の意思を示すことはできるのではないでしょうか。
「いったん謝ったら、責任問題になりかねない」と、謝罪を躊躇する向きもありますが、私から言わせれば杞憂。初期対応のお詫びと、責任を伴う謝罪とは異なります。初期対応での謝罪は、患者さんが感じた不満や不快感、あるいは苦情を申し立てることによって生じる時間のロスに対してなされるものです。ですから、もし「謝ったということは、責任を認めたのと同じだ」と言われても、「そうではありません。私が謝罪したのは、不満、不快、時間のロスに対してです」と理論武装できるのです。
気をつけておきたいのは、火に油を注ぐ言動。とくに、私が「D言葉」と呼んでいる「だって」「でも」「だから」「ですから」などの言い訳や責任転嫁、相手の言葉を遮るような言葉を使うべきではありません。また、「たくさんの患者さんがいるんだから、待つのは当然ですよ」という具合に、相手と同じ土俵に上がって議論を始めても逆効果で、相手の怒りを増幅させるばかりです(表3)。
日々発生するクレームの中には、確かに理不尽で非常識な要求としか思えないものもあります。しかし、正当なクレームの中から自院が抱える問題点を見いだして、改善に結びつけていくことは、患者満足度を高めていくための一方策といえるのです。
※次回は、よりハードなクレームへの対処法を中心に、顧客満足度の追求から危機管理へと移行した後の対応策などについて解説いたします。
援川 聡 Satoru Enkawa
株式会社エンゴシステム
代表取締役
http://www.engosystem.co.jp
大阪府警退職後、大手流通会社で渉外担当を務めた後、(株)エンゴシステム代表取締役。独自のノウハウにもとづいてさまざまな会社のサポートを行うとともに、医療機関や民間企業、各種団体などで多数講演。著書に「超プロがついに明かす クレーマーの急所はここだ!」(大和出版)、「困ったクレーマーを5分で黙らせる技術」(幻冬舎)など。DVD「医療機関のクレーム完全対応マニュアル」(すばる舎リンケージ)の監修も務める。