心に届く、言葉遣いのポイント 〈前編〉
まずは敬語の意味や正しい使い方を知りましょう

医療機関を訪れる方というのは、体調など何らかの不安を抱えているわけですから、より言葉にも敏感になっていることが多いものです。たとえば窓口や看護、診察の際に使った何げない言葉が、たとえそんなつもりはなくとも、患者さんの気持ちを逆なでするといったことがあるかもしれません。患者さんに気持ちよく診療を受けていただくためには、どのような話し方、言葉遣いをしたらよいのでしょうか。そこで、中でも「ちょっと苦手」「自信がない」という人も少なくない「敬語」を中心に、その意味や正しい使い方をご紹介する<前編>と、シーンに合わせた適切な会話や言葉遣いについて考える<後編>の2回に分けてご紹介いたします。

多くの日本人が気にしている
自分の言葉遣い

文化庁が「平成23年度国語に関する世論調査」で、自分自身の言葉の使い方について、どの程度気を使っているか調査をしたところ、「非常に気を使っている」「ある程度気を使っている」と答えた人は77.9%にも上りました。敬語は難しいと敬遠されがちな一方で、「できれば適切な言葉を使いたい」という人も多いことがわかります。〝言葉より心”という方もいらっしゃるでしょうが、そのせっかくの”心”を表すのも、適切な態度や表情、そして正しい言葉遣いにほかならないのです。

言葉遣いは間違えると大切な場面で恥をかくだけでなく、相手に誤解を受けたり、不快感を与えてしまうなど、仕事の結果を左右することにもなりかねません。言葉の使い方ひとつで、自分自身や勤務先の医療機関に対する印象まで変わってくるのです。

適切な言葉遣いのためには、

  1. 尊敬語・謙譲語をきちんと使い分ける
  2. 言葉の意味を理解して誤用を防ぐ
  3. 使う場面に合わせて、よりふさわしい表現を選ぶ

という3つのポイントが大切です。

とくに①は基本中の基本となります。敬語については、自分の動作や状態をへりくだって表現する「謙譲語」に「お」や「ご」を付けることで、相手の動作や状態を高めて表現する「尊敬語」になると思っている人はけっこう多いようです。この2つを混ぜて使ってしまい、誰に敬意を払ったのかよくわからない表現になってしまった、という例はよくあります。

例:患者さんに資料を読んでもらったとき、
×:「ご拝読いただき、ありがとうございます」という使い方は誤りで、
○:「お読み(または、ご覧)いただき、ありがとうございます」というべきです。

丁寧に伝えたいという気持ちは理解できますが、拝読は謙譲語なので、いくら「ご」を付けても尊敬語にはなりません。②で挙げた通り、言葉本来の意味を知ることも大切です。もともと「拝」という字は、お辞儀をする、つつしんでなどの意味なので、拝見、拝借など「拝」が付いたら謙譲語と覚えておくと便利です。

また言葉が似ているので尊敬語と謙譲語を勘違いして使っている例もあります。例えば「存じ上げていらっしゃると思いますが」という表現。「ご存じ」は「知る」の尊敬語ですが、「存じ上げる」は謙譲語になるので、いくら後ろに「いらっしゃる」という尊敬語を付けても正しい敬語にはなりません。こういうときは、「ご存じかと思いますが」でよいのです。

下の表によく使う尊敬語と謙譲語をまとめてみましたので、ぜひご確認ください。□□の部分はクイズになっています。何が入るか考えてみてください。
 ③については後編でご紹介します。

美しい言葉遣い
ちょっとしたコツ①

すべての場面に当てはまるわけではありませんが、言葉を使い分けるうえで覚えておくと便利なものがあります。それは「和語」と「漢語」というものです。例えば「東京駅から歩くと何分ですか?」と聞かれたときの答えは、漢語なら「徒歩ですと5分位でございます」になります。これが和語になると、「お歩きになりますと」に変わります。「徒歩」も「お歩きになる」も意味は同じですが、「お歩き」のほうが柔らかい感じがしますね。「徒歩」の場合は「ご」が付かない例ですが、おところ(和語)→ご住所(漢語)のように、ほとんどの場合、和語には「お」、漢語には「ご」が付くのが一般的です。例外として、漢語に「お」が付く「お食事」や、和語に「ご」が付く「ごゆっくり」などの例もあります。患者さん相手の会話の場合は和語調でやさしく、ビジネス関連の文書では漢語であらたまった感じに、というようにTPOに応じて使い分けるのも工夫のひとつでしょう。

美しい言葉遣い
ちょっとしたコツ②

「どうしたの?」という疑問の言葉は、日常的によく使います。相手の具合を尋ねる言葉なので、医療機関では頻繁に用いることと思います。丁寧な表現にすると「どうしましたか?」となりますが、これではまだ敬語にはなっていません。言葉の前と後ろを敬語にすると、「どう」は「いかが」、「した(する)」は「なさる(または、される)」ですから、「いかがなさいましたか」となります。もし表現が少し硬すぎるかなと感じるようなら、言葉の頭か後ろのどちらかを残すようにするとよいでしょう。頭が軽く後ろが重いと「どうなさいましたか」、頭が重く後ろが軽いと「いかがされましたか」になりますが、響きとして「どうなさいましたか」のほうがより落ち着くという印象を持ちます。このように敬語は、文章全体のバランスも大切です。

また、敬語を使わないのも失礼ですが、あまりに過剰な敬語は、時として相手に違和感や慇懃無礼な感じを与えかねないので気をつけましょう。たとえば「おっしゃられました」は、「言う」の尊敬語「おっしゃる」と「言われる」を重ねて使う二重敬語になってしまいます。「おっしゃいました(または、言われました)」などが正しく、すっきりした言い方です。つい気負い過ぎて、敬語を過剰に使ってしまうことにも注意しましょう。

時には、院内で〝言葉遣いの見直し”を

自分の言葉遣いについて「ひょっとして間違っているかもしれない」たとえそう感じることがあっても、周りの人たちが同じように使っていれば、「まあいいかな」と思って、特に直さないままにしてしまう方も少なくないようです。でも、それが癖になり、大事な場面でうっかり使って恥をかいてしまうということもあるのです。そうならないように、時々、自分の言葉だけでなく院内スタッフ同士でも言葉の使い方を見直してみるようにしましょう。

まずは尊敬語と謙譲語の適切な使い分けから気にかけてみてください。「おかしいな」と気づいたとき、お互いに声をかけ合えば、敬語のミスはぐんと減り、そうした意識こそが、みなさんの言葉を美しく磨いてくれるのです。

井上明美  Akemi Inoue

ビジネスマナー・敬語講師
高名な国語学者、故金田一春彦氏の元秘書。言葉の使い方や敬語の講師として、企業・学校などの教育研修の場で講義や指導を行う。長年の秘書経験に基づく、心くばりに重きをおいた実践的な指導内容には定評があり、話し方のほか、手紙の書き方に関する講演や執筆も多い。著書に「敬語使いこなしパーフェクトマニュアル」「 最新 手紙・メールのマナーQ&A事典」(ともに小学館)、「知らずにまちがえている敬語」(祥伝社新書)など多数。装道礼法きもの学院「美しい日本語」講師ほか。Webサイト「Web日本語」(小学館)では「日本語マナーの歳時記」を連載中。

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