医療機関の正しい接遇 〈後編〉
失敗をしないための接遇ポイント

前回は、さまざまなシチュエーションにおける接遇のポイントをご紹介し、最後にたとえ些細なことでも改善に努めることが患者満足度の向上につながると記しました(図①)。

今号ではさらに一歩進んで、医療機関の価値と質を高める接遇について考えます。

「よく見られたい」という気持ちが
質のよい接遇に結びつく

医療機関の価値を高める接遇とはどうあるべきか……。何やら高邁な思想や卓越した人間性、練達のテクニックが必要と思われるかもしれませんが、そのようなことはありません。

たとえば、ほとんどの人がごく自然に備えている、「自分が人からもっとよく見られたい」という気持ち。それが、じつはワンランク上の接遇に結びつくのです。

スタッフ一人ひとりが患者さんから「よく見られる」接遇をすれば、結果として医療機関全体の接遇マナーが向上し、医療機関の質が高まります。これから紹介するテクニックも、決して難しいことはありません。誰でもできること、そして今から実践できることばかりです。

目からウロコの好感度獲得術①
別れ際のおじぎに心を込める

受付の接遇で、①来院時の「おはようございます」と自然な笑顔、②帰り際の「お大事に」と丁寧なおじぎ、そのどちらが患者さんにとってより好感度が高いでしょうか。

答えは②。来院時の挨拶は当然実行すべき接遇の一つですが、両者を比較すると圧倒的に〈帰り際のおじぎ〉の方が有効です。というのも、患者さんは医療機関を受診する際、保険証や診察券を探したり、病状をどう説明しようか考えたりと余裕がないので、受付スタッフが一生懸命に応接しても、残念ながらあまり印象に残りません。一方、会計も済ませてホッと一息、医療機関を後にする間際の光景は、ぐっと記憶に刻まれやすいもの。ここで、きちんとおじぎされ、「お大事に」と言われると、大変丁寧な接遇を受けた気分になるのです。

帰ろうとして後ろを向いたときに頭を下げられても、おじぎをしたかどうかわからないだろう……と、思われるかもしれませんが、そんなことはありません。私は研修で受講生に、患者さん役とスタッフ役のペアを組んでもらい、後ろを向いた状態で、おじぎをしたときとそうでないときの違いを体験してもらうのですが、みなさん「なるほど、声の感じでおじぎをしたかどうかわかるのですね」と、驚かれます。

目からウロコの好感度獲得術②
〈ぼうげんしちょうし〉のすすめ

〈ぼうげんしちょうし〉、漢字で「貌」「言」「視」「聴」「思」と書きます。「つねに和やかな顔(貌)で、相手を尊ぶ言葉(言)を用い、澄んだまなざし(視)で物事を見つめ、人の話にきちんと耳(聴)を傾け、おもいやり(思)をもって生きる」というこの五訓は、江戸時代初期の陽明学者で、近江聖人とたたえられた中江藤樹の残した生活心得ですが、私はこれを医療者向けにアレンジしました(図②)。

「貌」は、「目元の笑顔を大切にする」こと。顔の中でもなぜ目元か、というと、医療関係者はマスクをしていることが多いからです。目元の笑顔を作るには、マスクをしたまま自分の顔を鏡に映して、笑って見えるよう繰り返します。

「言」は、前編でもご紹介した「クッション言葉を使う」こと。「お手数ですが」「恐れ入りますが」といったクッション言葉(前号参照)が普通に口をついて出るようになれば、好感度が自然にアップすること間違いなしです。

「視」は、「話を聞く際、説明する際、相手の目を見る」こと。アイコンタクトの時間は、最低でも5秒。患者さんに真摯に対応しているという思いを伝えるためには必要な時間です。

「聴」は、「拝聴の姿勢を態度で示す」こと。具体的には、話の合間に、頷きと相づちをタイミングよく入れることです。「目が乾くんです」との言葉に対して、「なるほど、目が乾くんですね」と、オウム返しに患者さんの言葉を繰り返すのも効果的。あなたの話をしっかり聞いています、というアピールになります。

「思」は、「相手を尊重するしぐさ」。とくに、物の受け渡し方と、指し示し方にご注意ください。医療現場では片手で物をやりとりするのが当たり前ですが、ビジネスでは両手渡しが常識。医療者同士でカルテなどをやりとりするときも、必ず両手で。カルテは大切な患者情報を記したもの、片手でやりとりするのを見た患者さんは、自分がぞんざいに扱われたように感じます。また、「あちらへどうぞ」と方向などを指し示す場合は、指先ではなく、手のひら全体を使います。より丁寧に、気持ちを込めて行うこと、それが相手を尊重することです。

目からウロコの好感度獲得術③
非言語コミュニケーションも大切に

受付や待合室の演出方法、いわゆる非言語コミュニケーションも大切な接遇マナーです。

〈ぼうげんしちょうし〉を実践し、患者さんに深々とおじぎをしても、院内が汚れていたり、受付のカウンターがごちゃごちゃしていては、せっかくの接遇も効果減退。医療機関は何より清潔感が大切です。患者さんは、床の四隅にゴミがたまっていたり、備え付けの本棚の本が乱雑に入れられているなど細かいところに目を向けるもの。丁寧な清掃を心がけてください(図③)。

非言語的な接遇の一つとして、待合の椅子の並び方を変えるのも有効。待ち時間に対するクレームが、椅子のレイアウトと相関関係にあるためです。患者さんと受付とが向き合うような椅子の並びだと、スタッフと患者さんとは、その気がなくとも自然に目が合ってしまいます。スタッフは監視されている気持ちになり、無意識のうちにカウンターにいろいろな物を置きがちです。これが受付業務停滞の原因となり、結果として待ち時間を増やしてしまうのです。患者さんも落ち着かないので、待ち時間が長く感じられてしまいます。椅子を少し斜めにするというそれだけで、この問題は解決できます。

最後に一言。接遇改善は、医療機関の質的向上に本当に貢献するのでしょうか?

貢献する、と、私は断言します。事実、待ち時間でクレームの絶えなかった某眼科医院は、クッション言葉の活用と、椅子の配置変更だけで、クレームゼロになりました。また都内下町の某眼科医院では、私たちの助言で丁寧な言葉遣いを励行したところ、区内でランキング1位の評価を獲得しました。こうした成功事例は枚挙に暇がないのです。

接遇改善といっても、すべてを変える必要はありません。たとえば「目元の微笑み」だけも十分。一つの改善が、やがて接遇全体の改善につながっていくはずですから。

「お大事になさってください」と、おじぎをしたら、とても嬉しそうな顔で振り向いてくださった。あなたはそのとき、患者さんから「よく見られた」のです。患者さんの笑顔。それが医療の質を高める接遇のはじまりなのです。

桑田 美香 Mika Kuwata

エデュ コミュニケーション代表
http://educomi.sakura.ne.jp/
日本大学歯学部歯科衛生専門学校専任講師などを経て、アイディアカウンセリングセンター プロカウンセラー養成コース修了。岸英光コーチに師事し、コミュニケーショントレーニング・コーチング・プロトレーニング修了。長谷川祐子氏によるホスピタリティーマナーインストラクター養成講座修了。2003年エデュ コミュニケーション(旧社名:メディカルコミュニケーション)を設立。ドクター、ナース、医療スタッフのモチベーションアップと、患者満足度の向上を目的に、マナーとコミュニケーション、医療コーチングの講演、研修、セミナーを行っている。

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