ただひたすら追い求めているのは
”患者さんの笑顔”です

栃木県足利市・柏瀬眼科

毎朝の診療開始に先立つ朝礼で、大きな声が柏瀬眼科の院内に響き渡る。
明るい笑顔 元気な挨拶 素直な心 感謝をこめて 患者さんに積極的に声をかけよう……

これは、柏瀬光寿院長がスタッフとともに考案した理念。みんなで唱和するのがクリニックの習わしだ。

同院が掲げる診療方針も、他と比べると少々ユニークなので、少し長くなるが全文を以下に紹介しよう。

私たちは、ひとを笑顔にする『癒者(いしゃ)』です。目で観て 耳で聴き 心で感じて 知恵を絞り そして身体を動かして 最高の癒療(いりょう)を行います。そのために、医療のみならず、さまざまな知識と技術を会得し、常に感謝する心を忘れずに精進します。そして私たちも和顔(わがん)になります……

HISTORY

海外ボランティアを経て院長就任、クリニックの新築移転を断行する

東京で医学を修め、インドで研鑽を積む

日本最古の大学といわれる足利学校を擁する歴史と文化息づく町、足利市。江戸時代の御典医に源を発し、この地で連綿と医業を続ける柏瀬家が眼科診療所を開院したのは、1928(昭和3)年のことである。
「私の祖父が、当時としては珍しく眼科を標榜して当院を設立したのですが、それ以前には内科医だったと聞いています。父が2代目を継承し、私が3代目となります」と、口ひげがトレードマークの柏瀬光寿院長は、丁寧に、一語一語かみしめるようにして語る。

自身は、東京医科大学眼科医局に入局後、アジア眼科医療協力会の無私無欲な活動に共鳴して、医療施設のない地域での野外開眼手術〈アイキャンプ〉に参加。最初はネパールで短期間のボランティアに従事し、続いてインド北西部、標高1200~2000mのヒマラヤ山脈に位置するダラムサラへと赴いた。このとき、光寿先生は大学医局を退職してまで、長期間の滞在にこだわった。「現地の人の信頼を得るには、腰を落ち着けなければ」と感じたからだが、当然、父である当時の院長は大反対。「交換条件として帰国後は柏瀬眼科に入ることになりました(笑)」

およそ1年、高地ダラムサラでの過酷な、しかし当人にとっては充実した診療の日々を過ごして足利に戻ると、約束通りに光寿先生は、同院の副院長に着任。間もなく取りかかったのが、新築移転という大事業だった。

「旧院は、1階が駐車場で2階が診察室と、目の不自由な方や車椅子の患者さんにとって不便なつくりでした。私が当院に関わる時は、この問題を解消したいと考えていました」

新クリニックの設計コンセプトは、誰もがストレスなく利用できるユニバーサルデザインにもとづいていること、そして、足利の街並みに溶け込んだ外観であることだった。それから約1年半経った2006年、新生”柏瀬眼科”は、光寿先生を3代目の院長に戴いて、新たなスタートを切った。

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FACILITY

随所に凝らされた工夫はすべて患者本位の発想から

完全バリアフリーの設計。街並みとの調和も重視

新クリニックを特徴付けているのは、何よりも眼科医院とは思えない外観。緑濃い山々を借景にして立つその趣きは、まるで高級割烹か老舗旅館である。周辺の環境と調和させるには、「洋式はあり得ない。和風にするほかなかった」と、柏瀬院長は笑うが、竣工翌年、この建物は、同市の歴史と文化に配慮した優れた建造物として、栄えある足利市建築文化賞を受賞している。

あえて平屋建てとしたのは、院内を垂直移動せずに済むようにとの気配りから。ほかにも施設面では、患者本位の工夫が随所に凝らされている。

まずは公道から医院の入り口まで延びる赤い舗道に注目したい。赤く見えるのは着色されたゴムチップで、周囲の黒っぽいコンクリートとは色も触感も異なる。これにより、少しでも歩行時の危険を回避しようというわけだ。入り口付近に設けられた水場も、単なる和の演出でなく、水音によって入り口の位置を知らせるためである。

院内へと入っていくと、やはり床は、青く柔らかなクッションと、黄土色の硬いタイルの領域とに分けられている。実際に目をつぶって歩いてみると、靴を履いたまま両者の違いを認識できた。

さまざまな案内表示の掲出位置は、床面からおよそ150cmの高さに統一されている。視線より高い位置にあると認識しづらくなるとの研究結果を参考としたのだ。

各室のレイアウトも熟考の結果決められた。大空間の測定室の周りに、診察室や処置室、検査室、コンタクトルーム、病棟などを配置。さらにその外周に、院長やスタッフの通る廊下が巡らされている。つまり、患者とスタッフの導線が交錯することはなく、万一にでも事故のないよう、完全に分離されることとなった。

加えて、「窓にはカーテンやブラインドをつけませんでした」。室内が柔らかな自然光に満たされるだけでなく、「こうしてオープンにしていると、初めての方でも安心して来院いただける」とのこと。物理的なバリアだけでなく、心理的な障害も取り払おうというわけである。これには予想外のメリットもあり、スタッフから「見られているという気持ちがあるので、良い意味での緊張感をもって仕事ができる」との声が上がっているそうだ。

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HOW TO MANAGE

感謝の訓練を実践しながら患者の不安を払拭する

感謝の心を培う教育。患者の笑顔を引き出す診療

施設面だけではない。スタッフ教育や患者マネジメントの面でも、柏瀬眼科流の工夫と知恵が顔を覗かせる。

スタッフ教育の基本は、「感謝する気持ちを忘れず精進する」こと。たとえば冒頭に紹介した朝礼では、毎回、理念の唱和の後、一人ひとりが、感謝の言葉を順に口にする。前の日にあったうれしい出来事、家族や知人へのありがとう、あるいは、ただここにあって患者と触れ合えることなどに対して……「どんなことでもいいんです。些細なことであっても、それを言葉にすることで、感謝する気持ちを再確認できる。いわば感謝のトレーニングですね」

ほかにも、”スタッフの声”と名付けられた掲示板が設置されており、そこには、スタッフ名の傍らに、別のスタッフからの「ありがとう」のメッセージがさりげなく添えられている。

患者マネジメントの基本は診療方針にも示されている「ひとを笑顔にする」ということ。笑顔を阻害するのは、不安である。だからできる限り、不安を軽減するよう努めている。

たとえば、白内障手術の前、このクリニックでは、術式の説明と一緒に、同院で手術を受けた50人の患者の体験談や感想をまとめた文集を渡すことにしている。それというのも……「患者さんはまず例外なく『痛くないですか?』と訊ねます。私は白内障手術を受けたことはありませんから、『痛くない』と言ったら、それは嘘。でも、患者さんの生の声は真実にほかなりませんから」と柏瀬院長。「結果、安心して、手術に臨んでいただけます」と、愚直なまでに真摯な態度である。

診療面では、「しっかりと地に足をつけて足利の市民、患者さんのために貢献したい」と語る。そのため柏瀬眼科では、急性期・慢性期の眼疾患に対する一般診療、手術、入院治療に加えて、眼科クリニックとしては珍しく、”往診”にも力を入れている。対象となるのは、足が不自由で歩けない人や寝たきりの高齢者。一度の往診で、小一時間費やすこともたびたびで、「労多くして功少なし、と思われるかもしれませんが、その真逆。往診にうかがうと、患者さんの家族構成や生活習慣などのバックグラウンドが見えてくるんです」。それが、地域のニーズを吸い上げることになり、巡り巡って日常診療に生きてくる。ひいては患者の笑顔につながるのだという。

また、柏瀬眼科では、クリニックレベルではきわめて稀なロービジョン外来を設け、単眼鏡や拡大読書器、遮光眼鏡などの補装具などのツールを駆使し、QOV向上のため力を尽くしている。これも弱視の人たちに少しでも見える喜びを感じてほしいからだ。

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POINT OF VIEW

理想とする医療を実現するためできることは何でもする

現状に満足せずつねに新しい知識と技術を吸収

クリニックの新築移転から早5年。悩みは「待ち時間への対応」と答えるほどに経営的には順風満帆だが、けっして驕ったり、ましてや現状に満足することなどない。

院長は今も、母校の東京医科大学でロービジョン外来を週に1回担当。 診療空間のユニバーサルデザインについて探求する『お茶の水UD(ユニバーサルデザイン)研究会』にも毎月1度参加し、クリニックで得た体験を仲間に還元しながら、新しい知識の吸収にも余念がない。そして、今も毎年インドのアイキャンプに参加している。

最近では気のエネルギーを用いる「気導術」を学び、患者相手に披露することも。「一種のコミュニケーションツールとして行っていますが、今ではそれ目当てで通院する患者さんもおられるんです」と、微笑んだ。

今後の展望は、との問いに、「さまざまな知識と技術を会得し、つねに感謝する気持ちを忘れずに精進します」と、あらためて診療方針を繰り返した柏瀬院長。「そして私もスタッフも優しい顔、和顔で過ごしていきたいですね」と、優しげな眼差しとともに姿勢を正した。

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MESSAGE

理想の医療に近道はなし。感謝の気持ちをもって日常診療に邁進

東京で医学を学び、インドで我が医療の方向性を見定めました。自分にとって理想の医療とは、すなわち患者さんの笑顔です。そして今、ふるさと足利で、しっかりと地域に根ざしながら、患者さんの笑顔を追求する医療を進めるべく、スタッフと一緒に奮闘しています。往診やロービジョン外来に力を入れているのも、すべて患者さんの笑顔のため。私は別段特別なことをやっているわけではありません。ただ、ちょっとした工夫を怠らず、感謝の気持ちを胸に刻み込みながら、嘘のない本音の診療を心がけているだけ。それが日一日、理想へと近づく王道なのではないかと思います。

柏瀬 光寿 Mitsutoshi Kashiwase

1994年東京医科大学卒業、同病院眼科入局。1996年国立感染症研究所。2002年東京医科大学病院を退職し、インド・ダラムサラの病院で1年間の医療活動に従事。2003年柏瀬眼科副院長。2006年クリニックの新築移転とともに院長となり、現在に至る。東京医科大学兼任講師。

CLINIC DATA

診療内容
診療内容:眼科一般、コンタクトレンズ外来、斜視、弱視外来(小児眼科)、ロービジョン外来、往診
所在地、
栃木県足利市相生町386−1
診療時間
9:00~12:30 15:00~18:00(火曜日は11:30まで)
休診日
火曜日午後、日曜日、祝日
スタッフ
14名(医師3、看護師1、視能訓練士2、検査助手4、事務職4)
外来患者数
約65名/日
手術件数
約230件/年
病床数
6床
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