本当の意味で「やさしい医療」とは
何かを求めて

新潟県長岡市・長岡 笹川眼科

高校時代からラグビーに熱中していた長岡 笹川眼科の笹川智幸院長は、新潟大学の医学部生時代、対外試合で角膜を損傷する事故に見舞われた。知覚神経が集中する角膜は、少しでも傷がつくと耐え難い痛みに襲われる。笹川院長は、「目を開けられない、涙が止まらない、こんな痛みを経験したのは生まれて初めてのことでした」と述懐する。

これほどにも痛いのだから、もしかすると見えなくなってしまうのではないか……そんな不安も身体の痛みを倍加させた。ところが搬送された病院で眼科医が治療にあたると、やがて嘘のように痛みはひいた。ゆっくり開いたまぶたの向こうには、心配そうなチームメイトの姿があった。医師からやさしい口調で、後遺症の心配はないと告げられると、暗雲が晴れるように何もかもが明るく美しくやさしく感じられた。どの診療科を標榜するか考えあぐねていた笹川院長が、眼科医という道を定めた瞬間であった。

HISTORY

角膜移植など専門スキルを培った後に満を持して開業

土地勘ある妻の実家近くに開業の地を選定する

眼科領域のうちで、笹川院長がとくに関心を持ったのも、病気や損傷によって強い痛みを伴う角膜である。喉元過ぎれば、とはよく言われるが、院長の場合、あの時の痛みを決して忘れてはならない、と強く心に決めていた。自身の痛みを想起することで、目の前の患者がいかに苦しいかを理解できる。だから少しでも早く痛みを取り除いてあげたいと思う。その思いが本当に患者にとってやさしい医療につながると、院長は確信していた。多くの病院で研鑽を積み、大学病院では角膜移植の手技も学び、笹川院長は知識を蓄え、技術を磨いていった。やがて、我がものとした知識と技術を若手医師に継承する立場になると、大学に残るか、それとも開業すべきか、頻繁に考えるようになっていった。

「大学生の頃から交際し、27歳で結婚した妻との間に娘を授かって13年が経とうとしていました。多くの医師が直面する人生の岐路に、私も年齢的に差し掛かっていたのだと思います」

開業すれば、角膜移植などの高度なスキルを発揮する機会は少なくなるが、自分の理想とする医療を地域の中で展開することができる。開業へと傾く気持ちを後押ししたのは、家族の「一緒にがんばろう」という一言だった。

「私の出身は高田(現 上越市)ですが、すでに生家は引っ越していたので、少しでも土地勘のある妻の実家に近い長岡を開業の地と決めました」と笹川院長。幾つかの候補の中から、JR長岡駅からも、また関越自動車道長岡インターチェンジからも自動車で数分以内という好立地の現在地が浮上した。長岡市は、地下水を用いた消雪パイプ発祥の地といわれ、主要道路にはこの設備が張りめぐらされている。雪の多い真冬でも、車での来院に支障はない。ここしかない、と院長は決断した。

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CONCEPT

患者にとって「やさしい医療」それがコンセプト

施設の至るところに「やさしさ」を感じさせるものを

開業は2006年8月。

「忘れもしません、その日の来院患者さんは53名でした」と笹川院長。現在は1日平均約80名が来院するが、「私もスタッフも初めての経験で、何をするにも時間がかかってしまい、あっという間に1日が過ぎました」と微苦笑を浮かべる。

院長は、その時から、今も変わることなく、すべての患者を立ち上がって診察室に迎え入れている。ラグビーで鍛えただけあって、背は高く、均整の取れた体格だが、不思議と威圧感は一切感じられない。患者の眼に自分の視線を合わせ、柔和な顔で、「今日はどうしましたか」--そう穏やかに訊ねる院長はいかにも頼りがいがありそうだ。不安にかられていた患者も院長と会話することで安心感を得られるに違いない。

「やさしい医療」、それが笹川院長が実践したかった自院のコンセプトだ。その思いは施設の至るところに息づいている。  季節を問わず、また足が不自由な方でも気軽に来院できるよう、約20台分のスペースがある駐車場には、道路と同じく消雪パイプが埋設され、エントランスからトイレに至るまで院内外にバリアフリーが徹底されている。

そして何よりやさしさが感じられるのは、待合室にも中待合室にも、スタッフ手作りのポスターや飾りが、驚くほどたくさん掲げられている点だ。

眼科疾患に関する情報や白内障手術の進め方、手術後の患者の感想などが、スタッフの温かみある手書き、イラスト付きでわかりやすく記され、カラフルな画用紙などを切り抜いて作った飾り物がクリニックを明るく彩っている。患者からは「ここに来ると楽しい気持ちになる」と好評だ。

他にも、待ち時間を少しでも楽しく過ごしてもらえるよう、地元芸術家の作品を飾るミニギャラリーを設けたり、子どものために折り紙を用意するなど、細やかな気配りがなされている。

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HOW TO MANAGE

院長は診療に集中。マネジメントは奥さまが担当。

ICTツールを活用して自院の存在をアピールする

実はこうした数々の施策は、院長の奥さまであり、笹川眼科の事務長でもある正子さんがスタッフと知恵を絞って生みだしてきたものだ。日本医業経営コンサルタントの認定資格を持つ正子さんは、会計や税務の知識、医業経営理論、経営戦略にも秀でており、笹川医院のマネジメント面を牽引している。笹川院長が「全幅の信頼を置いている」という正子さんの働きの中でも特筆されるのが、ICT(情報通信技術)のツールを効果的に活用しているところだ。

5年ほど前に診療圏の分析を行ったところ、後期高齢者がかなりの割合を占めるだろうと思っていたが、実は意外にも20~30代の若年層や、アクティブシニアと呼ばれる、好奇心旺盛な団塊層の多いことがわかったという。そこで、正子さんはこうした世代へのアピール力が強いホームページの開設に踏み切った。初めて見る人が、どんな眼科診療所で、どこに強みがあるのか、とにかく患者の身になってわかりやすく表現し、さらに「親しみやすいようにと、院長のキャラクターイラストを作ったり、スタッフのアイデアを活かすなど、いろいろ試行錯誤しました」(正子さん)。しばらくして、来院動機のアンケートを実施してみると、それまで「イエローページを見た」が1位だったのが、「ホームページを見た」が3割以上を占め、一気に逆転した。

その後、ツイッター、フェイスブックなどSNSの活用へと幅を広げ、最近ではYouTubeによる動画情報も提供している。

「地域の眼科持ち回りの休日診療の前日に、『明日は休日ですが、診療します』とSNSにアップすると、『ツイッターを見て来たよ』と声をかけてくださる患者さんがかなりいらっしゃいます」と正子さんが言うように、着実に周知の効果はあがっている。

笹川院長は「妻がいろいろ考えて、スタッフとともに実行してくれるおかげで、私は診療に集中することができます」と言う。夫婦の二人三脚は、医療の質的向上にも、確かに貢献しているようだ。

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POINT OF VIEW

全員が心の通い合いを大切に患者と向き合う

スタッフの総力を合わせて患者に寄り添い、地域に貢献する

インターネットなどICTを十全に活用しつつも、それはあくまで情報提供の一手段であり、「本当に大切なのは人と人との直接のふれあい」と笹川院長は話す。笹川眼科では、接遇をテーマに院内勉強会を開いたり、患者とどう接するか、すべてのスタッフがつねに真剣に考えながら日常診療を行っているという。スタッフに話を聞くと、患者と接する際には、できる限り相手の気持ちに寄り添うように心がけている、との即答が返ってきた。

具体的にはまず笑顔。病気や痛みを抱えて訪れる患者に対して、「大丈夫ですか」という真摯な思いを込めて笑顔を送る。そして、会話の際には、相手が自分の話を理解しているのかどうか、しっかり眼を見て確認する。高齢の方や足の不自由な方、小さなお子さん連れの方の場合は、自分から近づいて、その人の一挙手一投足に気を配りつつ声をかける。当たり前のようだが、形だけでなく、心を込めて自然に行うのは容易でない。

「患者さんから『いつもありがとう』と言われると、お役に立てて本当に良かったと思います」とスタッフは言うが、患者から感謝の言葉を得られること、そしてその言葉を素直にうれしいと感じられること、それ自体が患者と心を通じ合っている証しだろう。取材の合間に待合室を覗くと、忙しく立ち働きながら、時にひざまづいて患者と同じ目線で話しかける姿がそこかしこで見られた。

また同院では、院長をはじめとする全スタッフが認知症サポーター養成講座を受講しており、10年後に65歳以上の5人に一人が罹患するとされる認知症への取り組みも怠りない。

「認知症は地域全体で支えるべきもの。地域医療を担う私たちが率先してそのことを伝えるべき役割を担っています」と笹川院長は言う。

近隣の幼稚園や学校にスタッフと出向いて、眼の病気に関する出前講座を開く機会も少なくない。日常診療に加え、院内のポスター作り、患者対応、地域貢献と、笹川眼科の守備範囲は広いが、それでいてスタッフの一人は、「確かにとても忙しいですね」と、どこか楽しげだ。院長の標榜する「やさしい医療」の大切さが行き渡っているのだろう。

開業から9年。今後どんなクリニックにしていきたいかと問いかけると、しばし黙考の後、「今のまま続けるのが大切です」と答えが返ってきた。

決して現状に満足しているからではない。毎日違う患者が訪れる。同じ痛みは一つとしてない。つねに変化する状況の中で、いつでも患者の痛みに共感しながら、「やさしい医療」とは何かを問い続けるのは生半可なことではない。その困難に挑戦し続けること、それが笹川眼科の全員の思いである。

  1. ゆったりとした駐車場からそのまま車椅子で入れるよう、完全バリアフリーに。トイレも車椅子のままで大丈夫
  2. 心からのおもてなしの気持ちを持って、笑顔で挨拶する
  3. 検査の際にも、つねに患者に声をかけ、リラックスしてもらうよう心がけているという
  4. 採光や風通しにこだわって設計された院内。待合室をはじめ、院内の至るところにスタッフ手作りのポスターや飾りがある
  5. 院長のイラストが幾つあるか探してもらったり、希望者には折り紙を渡して作ってもらうなど、待ち時間を楽しく過ごしてもらうよう工夫を凝らす
  6. スタッフ全員が認知症サポーター養成講座を受講。オレンジリングがその証しだ。院長の右横が、奥さまにして医院経営の右腕である正子さん
  7. 笹川眼科の充実したホームページ。若年層やアクティブシニアへアピールするには非常に効果的だという(http://sasagawa-ganka.jp/)
  8. 薬や検査、接遇、CLなどについての勉強会を院内で定期的に開催し、知識と技術の向上を図る
  9. わかりやすく、そしてやさしく。笹川院長は「気持ち良く診療を受けてもらえるように」と心を砕く

MESSAGE

自院に関わるすべての人に感謝の気持ちを抱きながら

クリニックは、院長の力だけで継続できるものではありません。スタッフの力、家族の力、地域の医師会や薬局の力、さまざまな力の集積があってこそ、患者さんやそのご家族に資する質の高い医療を途切れることなく提供できるのです。幸い当院の場合、妻がマネジメントを担当してくれるので、私は診療の充実に全力投球することが可能です。何もかも一人でやろうとしていたら、きっとうまくいかなかったことでしょう。これからも、クリニックを支えてくれるスタッフや家族と力を合わせ、患者さんの心に寄り添う、「やさしい医療」を実践していきたいと思います。

笹川智幸 院長 Tomoyuki Sasagawa

1988年新潟大学医学部卒業。新潟大学医学部附属病院(現 新潟 大学医歯学総合病院)、聖隷浜松病院、秋田赤十字病院、佐渡総合病院などで勤務の後、京都府立医科大学助手として角膜移植などの手技を磨く。2002年から新潟大学医学部附属病院で助手として勤務。2006年7月同病院を退職し、同年8月長岡 笹川眼科を開業。現在に至る。新潟大学非常勤講師、新潟県臓器移植推進財団評議委員なども務める。

CLINIC DATA

診療内容
眼科一般診療、緑内障、糖尿病網膜症、白内障日帰り手術、眼鏡処方、CL処方
所在地
新潟県長岡市大島本町5-113
診療時間
9:00~12:30(土曜は13:00まで) 15:00~18:00
休診日
水曜日(手術日)、土曜日午後、日曜日、祝日
スタッフ
16名:医師1、看護師4、視能訓練士4、臨床検査技師3、事務職4
外来患者数
約80名/日
手術件数
約20/月
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