医療機関のクレーム対策 〈後編〉
ハードなクレームへの対処法

前回はトラブル、クレーム対応の4段階(表1)のうち、クレームやトラブルを未然に防ぐための方策(STEP-0)と、クレームが発生した際の初期対応(STEP-1)についてご説明しました。予防策では、院長、スタッフともに、患者さん目線での「心配り」「目配り」「気配り」が求められること、クレームの発生初期段階では、「傾聴」「謝罪」「共感」の姿勢を示し、患者さんの怒りを和らげるのが大切であることなどを解説しました。今号は、よりハードなクレームに対してどう向き合えばいいのかご紹介します。

STEP-2

ハードクレームの見分け方

相手の目的、クレームの実態を把握する

私はクレームの進行状況に応じて、ホワイト、グレー、レッドゾーンの3つのカラーレベルに大別し、それぞれに適した対応をするようおすすめしています。ホワイトは、いわば正当な要求や苦情。ところが、誠実にクレームと向き合っても、患者さんが怒りをエスカレートさせていく例は少なくありません。これがグレーゾーンで、この種のクレームは、医療機関側の初期対応に手抜かりがあったのか、もともと言いがかりまがいの悪質なものであるのかを判別することが困難。そこで、STEP-2では、顧客満足度の追求に軸足を置きながら、クレームの本質をしっかり見きわめることが肝要です。

よく見受けられるのは、傾聴、謝罪、共感を示したところ、「私の言っていることを理解するなら、そんな対応で納得できないこともわかるはず」との主張を繰り返す場合です。こんなときに有効なのが、か弱い子羊を演じる”子羊の反応”という話術。たとえば、「困りました。私どもは○○さんの不快感やご不満にお詫びすることしかできないのです」という具合に、下手に出て話をつなぎながら、相手の目的がどこにあるのか探り、クレームの実態把握に努めるのです。

表2に悪質なパターンを見きわめる発言を例示しました。これに加えて、金銭や、公正公平な医療行為の支障となること、たとえば診療時間外にも関わらず「往診に来てほしい」とか、多くの患者さんが待っているのに「今すぐに診察してほしい」といった要求がなされた場合は、これはもういよいよレッドゾーン。顧客満足の追求から、STEP-3の危機管理へと速やかにシフトチェンジすべきです。

STEP-3

顧客満足度の追求から危機管理へ

必要に応じて外部機関の協力を要請する

「今すぐ診察せよ」と大声を出す患者さんを、「静かになってくれるなら、少々順番を繰り上げても……」と診察室に通すのは、公平公正を欠く悪しき前例、既成事実となってしまいます。できないことはできないと、毅然と拒否することがSTEP-3の基本です。さらに、この段階では必要に応じて警察など外部機関に協力を仰ぎます。

恐喝や暴力行為があったのなら、即座に警察へ連絡を。ただし、患者さんが大声を出すからといって、いきなり110番をダイヤルするのは早計です。時間をおいて何度か「他の患者さんの迷惑になりますから、お静かに」と注意を促し、収まらない場合には退去をお願いします。それでも迷惑行為を続けるようなら、最終的な手段として警察を呼びましょう。この際、きちんと注意の内容、注意した時刻を記録しておきます。こうしておけば、刑法の「不退去罪」や「威力業務妨害」などに抵触する可能性が高いということで、警察が介入しやすくなります。

クレームやトラブルの内容によっては、弁護士や地域の医師会と相談しながら、解決策を探ります。すでにレッドゾーンへと突入したクレームは、自院だけで抱え込んで解決しようとせず、外部機関との連携を視野に入れて処理を進めましょう。

危機管理の心構えと具体策

ガイドラインを策定してクレームに備える

最後に、前・後編のまとめとして、クレーム対策を総合的に振り返ります。まず、大切なのは「危機管理の”さしすせそ”」(表3)です。

最初は「さ:最悪の状況」を想定すること。いざというときに慌てないですむよう、警察や弁護士、地域医師会との関係を密にしておくことなどがこの部分にあたります。「し:周囲との連携」は、トラブルを未然に防いだり、スムーズな初期対応を行う上で不可欠です。また、良くないニュースほど「す:スピーディな報告」を心がけ、迅速な処理にあたることが望まれます。当然ながら、クレーム対応では「す:隙をつくらない」ことや、「せ:責任の自覚・セキュリティの確認」も忘れてはなりません。さらにクレーム処理では必ず「そ:組織的な対応」をするということを覚えておきたいところ。以上の”さしすせそ”を、ぜひとも医療経営における危機管理の心構えとして胸にとどめていただきたいと思います。

続いて、「病院危機管理4ヵ条」(表4)のチェックを。クレームやトラブル対応のガイドラインは策定していますか? あるいは外部機関と連携した危機管理体制は確立できていますか? もしも整っていないのなら、改善をおすすめします。

なお、ここでのガイドラインは、マニュアルではありません。患者さんは十人十色、クレームは千差万別で、マニュアルがうまく機能するとは限りません。それよりも大まかなガイドラインを構築して院内で危機管理に対する認識を共有し、各々のケースに従って臨機応変な対応をすることが効果的です。

一つひとつのクレームに真摯に対応することで、患者満足度は向上し、医療の質は高められます。そして、危機管理が必要な段階に入ったら、躊躇せずに外部機関に相談する。適切なクレーム処理は、自院の経営を安定させる切り札と言えるのです。

援川 聡 Satoru Enkawa

株式会社エンゴシステム
代表取締役
http://www.engosystem.co.jp
大阪府警退職後、大手流通会社で渉外担当を務めた後、(株)エンゴシステム代表取締役。独自のノウハウにもとづいてさまざまな会社のサポートを行うとともに、医療機関や民間企業、各種団体などで多数講演。著書に「超プロがついに明かす クレーマーの急所はここだ!」(大和出版)、「困ったクレーマーを5分で黙らせる技術」(幻冬舎)など。DVD「医療機関のクレーム完全対応マニュアル」(すばる舎リンケージ)の監修も務める。 

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